シラバス
授業科目名 | 年度 | 学期 | 開講曜日・時限 | 学部・研究科など | 担当教員 | 教員カナ氏名 | 配当年次 | 単位数 |
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舞台芸術論 | 2024 | 前期 | 火2 | 文学部 | 高橋 慎也 | タカハシ シンヤ | 3・4年次配当 | 2 |
科目ナンバー
LE-AS3-U405
履修条件・関連科目等
授業で使用する言語
日本語
授業で使用する言語(その他の言語)
授業の概要
日本の国内外で評価された舞台作品を例としながら、舞台芸術における国際交流について解説します。それぞれの舞台作品ついて、作品のテーマ、演出意図、評価基準、文化交流のシステム、分析のための理論などについて焦点を当てながら、国際的に評価された日本の舞台作品の特徴について解説します。特に「愛情観と死生観」の表現形態と演出法に関する日本とヨーロッパ演劇の相違性について分析します。
この授業では1900年頃から現代までの日欧演劇交流史の概略についても解説します。川上音二郎一座の看板女優の貞奴が1900年に欧州各地で演じた『藝者と武士』はヨーロッパのアヴァンギャルド演劇に影響を与え、ジャポニズム・ブームの一環として日本演劇の典型的イメージを形成しました。また当時の日本ではヨーロッパの心理主義的リアリズム演劇の影響を受け、能・歌舞伎・人形浄瑠璃などの「旧劇」とは異なる「新劇」形成運動が発生しました。戯曲の再現を重視する新劇は1960年代以降になると叙事的演劇やアングラ小劇場演劇の台頭によって批判に晒されていきます。1970年代以降にはミュージカル、暗黒舞踏、コンテンポラリーダンスなどセリフ、音楽、ダンス、舞台装置、舞台衣装などを統合した総合芸術としての舞台作品の方が国際的な演劇交流の中心となってゆきます。現代ではヴォーカロイド演劇、アンドロイド演劇、ロボット演劇という、人間以外の登場人物による日本の舞台が国際的な注目を集めています。
ウィーン・ミュージカル『エリザベート』は「愛情観と死生観」の日欧対比という観点から比較分析することが可能です。叙事的演劇・異化効果を理論化したドイツの劇作家・演出家ベルトルト・ブレヒトから影響を受けたドイツ人演出家ハリー・クプファーによるウィーン版『エリザベート』では女性の自立願望と死への憧れが相互対立的に提示されています。それに対し、歌舞伎の「心中物」に影響を受けた小池修一郎演出の宝塚版・東宝版では自立願望以上に死への憧れが強調され、「愛の死」の成就が優先されています。「死に対する愛の勝利」という演出意図は小池演出のフランス・ミュージカル『ロミオとジュリエット』にも共通しています。小池演出には日本の歌舞伎における「心中物」の継承が確認できます。また蜷川幸雄演出『ロミオとジュリエット』にも同様の演出意図が確認できます。ここには日本とヨーロッパの舞台制作者と観客による演劇観の相違、さらには愛情観と死生観の相違も反映していると捉えることができます。
『ロミオとジュリエット』は恋愛劇という心理劇的側面だけでなく、復讐の連鎖への批判劇という社会的側面を有しています。「復讐の連鎖の克服」というテーマはウクライナ戦争勃発後の現在、舞台芸術でもさらに重要性を増しています。井上ひさし原作/蜷川幸雄演出『天保十二年のシェイクスピア』や『ムサシ』では、霊として登場する「死者の願い」によって「復讐の連鎖の克服」が実現するというストーリーが展開されています。「死者の霊」を登場人物に設定することは日本の舞台芸術の特徴のひとつです。井上はブレヒトの演劇理論からも影響を受け、「異化効果」を「笑い」と融合させた日本的な「叙事的演劇」を創造したと捉えることができます。
また野田秀樹作/演出『The Bee』では復讐劇の『ハムレット』を踏まえながら「復讐の連鎖」の不毛性を提示しています。『The Bee』は愛憎劇・復讐劇に留まらず、日本の対米従属に対する社会批判劇という側面も持っています。近作『Q:A Night at the Kabuki』や『フェイクスクピア』に見られるように野田の舞台作品は、シェイクスピア劇の日本的な翻案によるハイブリッド演劇とみなすことができます。
「霊の声を聞き、死者の思いを記憶し継承する」という機能は日本の民俗舞踊、古典芸能に留まらず現在の舞台芸術にも継承されています。岡田利規作/演出『地面と床』では鎮魂を求める死者の霊と、現世での生存を優先する現代人の死生観の対立と和解の可能性が、東日本大震災・福島原発事故を背景として表現されています。岡田利規作/渋谷慶一郎作曲のヴォーカロイドオペラ『The End』では初音ミクを霊の依代(よりしろ)として設定し、東日本大震災・福島原発事故による死者の声、また自決した妻の声をミクの歌声としてノイズと沈黙の中に聴くことが可能か、という問いが提示されています。近年の日本で発展したヴォーカロイドオペラ・アンドロイド演劇・ロボット演劇の中では、生身の俳優による表現を越えた新たな表現形態が模索され、国際的にも注目されています。これらの上演形態は、日本の伝統的な人形劇の継承として捉えることも可能です。
勅使川原三郎振付『夜の思想』では世界的ファッションモデルの山口小夜子が人形ないしロボットとして「死と再生」のパフォーマンスを行っています。『夜の思想』はドイツのテクノポップバンド「クラフトワーク」のロボットパフォーマンスからの影響が確認できます。山口小夜子作/演出/出演『影向』(ようごう)では、谷崎潤一郎作『陰影礼賛』を踏まえながら、光と影、生と死、ことばを着る・纏う「霊的身体」を表現しています。この『影向』は巫女舞の現代的な継承と捉えることができます。「巫女による死者の想起と継承、死と再生」というテーマは新海誠のアニメーション映画『君の名は。』と重なります。『The End』のノイズ観と同様に、新海誠は「霊の声をノイズとして聞く」というノイズ観をアニメ『星の声』で提示しています。
ダムタイプ作/演出『S/N』(シグナル/ノイズ)はテクノポップ、プロジェクションマッピングなどのマルチメディアを駆使しながら舞台上演の可能性を広げ、性的マイノリティーへの差別を批判した舞台として国際的な評価を得た舞台です。この舞台には性的マイノリティーの「愛の死」を表現する鎮魂劇と社会批判劇という両面性が確認できます。
以上のように本授業では日本の民俗芸能、古典芸能の「鎮魂劇」という側面に焦点を当てながら、国外でも評価の高い日本の舞台芸術作品の宗教的機能と社会批判的機能について解説します。その際に宗教民俗学者五来重の芸能理論、また近年の欧米のパフォーマンス理論を分析用の理論として紹介します。特に演劇理論における「カタルシス」、「異化効果」、「叙事的演劇」、「パフォーマンス性」という概念について解説します。またゲストスピーチを1回、開催する予定です。
科目目的
〇 日本と欧米の舞台芸術交流史の概要を修得する
〇 日本と欧米各国の舞台芸術の特徴に関する基礎知識を修得する
〇 現代の欧米における演劇研究理論に関する基礎知識を修得する
到達目標
〇 日本と欧米の舞台芸術交流史を特定の視点から分析できる
〇 日本と欧米各国の舞台芸術を特定の視点から分析できる
〇 演劇研究理論の概念を用いながら舞台芸術を分析できる
授業計画と内容
1) 授業全体の解説と舞台作品の解説①:霊性と社会性
舞台芸術における登場人物の個性あるいは霊を「着る・纏う」感覚、ノイズと沈黙の中にその声を「聴く」感覚、その表現方法
2) 舞台芸術の国際交流の現在:能、歌舞伎の現代版のヨーロッパでの評価
現代能としての新作オペラ『松風』と『静かな海』、岡田利規演出『地面と床』、野田秀樹演出『Q:A Night at the Kabuki』、『フェイクスクピア』
3) 舞台芸術における宗教性と社会性①
ウィーン・ミュージカル『エリザベート』とパリ・ミュージカル『ロミオとジュリエット』の小池修一郎演出における、ヨーロッパと日本の恋愛観と死生観、霊性と社会性の対照性
4) 舞台芸術における宗教性と社会性②
素人の性的マイノリティーを登場人物とするマルチメディア・パフォーマンス、ダムタイプ『S/N』におけるにおける恋愛観と死生観、霊性と社会性
5) 舞台芸術の機能と目的①
『天保十二年のシェイクスピア』、『ムサシ』におけるシェイクスピア劇の翻案。「招魂・鎮魂・送魂」の宗教的機能、「復讐批判」の社会批判的機能、言葉遊びと笑いの機能
6) 舞台芸術の機能と目的②
『The Bee』におけるシェイクスピア劇の翻案によるハイブリッド化の機能、「復讐批判」の社会批判的機能、言葉遊びと笑いの複層的機能
7) 舞台芸術における身体観
『夜の思想』、『影向』、『The End』における依代としての霊的身体
8) 舞台芸術の機能と目的③
『The End』、『地面と床』における「霊の声を伝える」また「霊の声をノイズと沈黙の中に聴く」という宗教的機能、反原発という社会批判的機能
9) 舞台芸術の国際交流の歴史①:戦前
川上音二郎一座の欧州公演、日本における新劇の台頭
10) 舞台芸術の国際交流の歴史②:戦後
アングラ小劇場演劇、暗黒舞踏、ダンスシアター
11) 舞台芸術の国際交流の歴史③:現代
ミュージカル、音楽劇、パフォーミングアーツ
12) ゲストスピーチ
13) 演劇理論の基本概念
「カタルシス」、「異化効果」、「叙事的演劇」、「パフォーマンス性」、「鎮魂」
14) 授業全体のまとめ
授業時間外の学修の内容
指定したテキストやレジュメを事前に読み込むこと/授業終了後の課題提出
授業時間外の学修の内容(その他の内容等)
授業時間外の学修に必要な時間数/週
・毎週1回の授業が半期(前期または後期)または通年で完結するもの。1週間あたり4時間の学修を基本とします。
・毎週2回の授業が半期(前期または後期)で完結するもの。1週間あたり8時間の学修を基本とします。
成績評価の方法・基準
種別 | 割合(%) | 評価基準 |
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期末試験(到達度確認) | 50 | 設問に対応した解答の達成度 |
レポート | 30 | ショートレポートの課題に対する記述内容の充実度 |
平常点 | 20 | 授業課題全体に対する授業態度 |
成績評価の方法・基準(備考)
課題や試験のフィードバック方法
授業時間内で講評・解説の時間を設ける/授業時間に限らず、manabaでフィードバックを行う/その他
課題や試験のフィードバック方法(その他の内容等)
オフィスアワーでの面談による質問に応じる
アクティブ・ラーニングの実施内容
ディスカッション、ディベート/プレゼンテーション
アクティブ・ラーニングの実施内容(その他の内容等)
授業におけるICTの活用方法
実施しない
授業におけるICTの活用方法(その他の内容等)
実務経験のある教員による授業
はい
【実務経験有の場合】実務経験の内容
劇場スタッフ、俳優、演出家など
【実務経験有の場合】実務経験に関連する授業内容
可能であれば実務経験者によるゲストスピーチを実施する。日程調整が困難でそれが不可能な場合には研究者によるゲストスピーチを実施する。ゲストスピーチの日程調整がつかない場合には通常の授業を実施する。
テキスト・参考文献等
本授業で取り上げる戯曲、上演ビデオ、脚本、演出家インタビュー、劇評などの教材はGoole Driveから視聴可能とする。印刷教材は著作権の許す範囲でダウンロード可とする。